本書の原書名は「預言者と王」(Prophets and Kings)です。この書名は、紀元前10世紀から4世紀にいたるイスラエルとユダ王国の歴史の中で、預言者たちが果たした役割の重要さに焦点をあててしぼす。実際この時代の歴史が後世に及ぼした影響を考えますと、政治的な権力をもつ王たちよりも、宗教的指導者であった預言者たちのほうが、はるかに大きい影響を及ぼしているのです。西欧文化の2つの柱——ギリシア思想とヘブル思想——のうち、ヘブル思想の基本となるものは、預言者の思想であり信仰でした。 PK 659.1
すでにお気付きになった方もあると思いますが、預言者を予言者と書いていないことです。「予言」は辞典を見ますと「未来を予測して言うこと。その言葉」と書いてあります。もちろん「預言」にはこの意味も含むのですが、「預言」は「予言」に比べてより広い範囲の神のお告げ、あるいは託宣(聖書では神のことばと言っている)を指すものとして用いています。『広辞苑』には「預言」は「キリスト教で神の霊感に打たれたと自覚する者が神託として述べる言説」と説明されています。もちろん「予言」と「預言」の区別は便利だからこうしているので、漢字を昔通り省略しないで書けばどちらも同じ「預言」となってしまいますから、もともと区別があったわけではありません。ただ聖書の預言者は、未来の予測を告げるものという意味ではなく、神のことばを聞いて語るものという意味ですから、「預」つまり「あずかる」という字をあてて、「預言者」つまり「ことばをあずかるもの」という意味に理解したほうがよいのかもしれません。 PK 659.2
ここで「預言者」の原語をしらべてみますと、ギリシア語ではプロフエーテース(Prophētēs)で「前に向かって宣言する」という意味です。旧約聖書に用いられていることばはヘブル語で、ナービー(nābî)とローエー(rō'eh)です。ナービーは「(神によって)呼出されたもの」「(神の代弁者として)呼ばわる者」という意味、ローエーは「見るもの」という意味です(類語にコーゼーchōzehがある)。「見るもの」として預言者は神の意志を明らかに悟り、「呼出されたもの・呼ばわる者」として、その神の意志を人々に伝えるというふうに考えますと、預言者の働きがどんなものかを理解することができます。 PK 659.3