ウィクリフは、神に忠誠を尽くすなら自分の生命は危険になることを覚悟していた。国王も法王も司教たちも、力を合わせて、彼をなきものにしようとしてい GCJap 106.5
た。そして、遅くとも数か月後には、火刑になるに違いないと思われた。しかし彼の勇気はくじけなかった。「あなたがたは、なぜ、殉教の冠を遠くに求めることを語るのか。キリストの福音を高慢な司教たちに伝えるがよい。そうすればあなたがたは必ず殉教することとなろう。なに? 生きて黙っていよというのか?……断じて否! 弾圧が来るならば来るがよい。わたしはそれが来るのを待っている」と彼は言った。 GCJap 107.1
しかし神の摂理は、なお神のしもべを守っていた。日々危険に身をさらして、一生の間勇敢に真理を擁護した者が、敵の憎しみの犠牲になってはならなかった。ウィクリフは、自分で身を守ろうとしてきたのではなかったが、神が彼を保護してこられたのであった。そして今、敵がその餌食を手中にしたと思った時に、神のみ手が彼を、彼らの手の届かないところに移された。彼がラタワースの教会において、聖餐式を執り行おうとしていた時、突然中風の発作が起きて倒れ、まもなく息が絶えたのである。 GCJap 107.2
神はウィクリフに、彼の仕事を与えておられた。神は彼の口に真理のみ言葉を授け、このみ言葉が人々に伝えられるようにと彼を守られたのである。こうして、彼の生命は保護され、宗教改革の大事業の基礎がすえられるまで、彼の働きは延ばされたのであった。 GCJap 107.3
ウィクリフは、暗黒時代の薄暗さの中からあらわれた。彼の改革事業の基礎になるような仕事をした者は、彼の前にはだれもいなかった。 GCJap 107.4
彼はバプテスマのヨハネのように、特別の使命を果たすために立てられた、新時代の先駆者であった。しかも、彼が示した真理の体系には、彼に続いて起こった改革者たちも及ばない統一と完全とがあり、一〇〇年後の人でも到達し得ないものもあった。その基礎は広く深くすえられ、その骨組みも正確堅固にできていたから、彼の後に来た人々は、それを建てなおす必要がなかった。 GCJap 107.5
ウィクリフが創始した一大運動―─良心と知性を解放し、長くローマの凱旋車につながれていた諸国民を自由にした運動―─の源泉は、聖書であった。一四世紀以来、生命の水のように各時代を流れてきた祝福の流れは、その源をここに発していた。ウィクリフは、聖書が霊感による神のみこころの啓示であって、信仰と行為の十分な規準であることを絶対的に信じた。彼は、ローマの教会を神の絶対無謬の権威として認めるように、そして千年間にわたる確立された教義と慣習を尊敬するように教育されてきた。しかし彼は、こうしたいっさいのものを捨てて、神のみ言葉に従った。彼が人々に認めるように促したものは、この権威であった。法王によって語る教会ではなくて、み言葉によって語られる神のみ声が、唯一の真の権威であると彼は宣言した。彼は、聖書が神のみこころの完全な啓示であることだけでなく、聖霊がその唯一の解釈者であること、そして各自は、その教えを研究して、自分でその義務を学ぶべきであることを教えた。こうして彼は人々の心を、法王やローマの教会から神の言葉へと向けたのである。 GCJap 108.1