能力
- 第1章 イエスのたとえばなし
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- 第3章 神の力による成長
- 第4章 庭園の雑草
- 第5章 一粒のからし種のようなもの
- 第6章 自然界に働く神の力
- 第7章 パン種のようなもの
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- 第9章 高価な真珠
- 第10章 漁師の網
- 第11章 宝の倉の中の宝石
- 第12章 求めよ、そうすれば、与えられるであろう
- 第13章 神殿の中の2人の礼拝者
- 第14章 祈りの能力
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- 第16章 本心に立ちかえった青年
- 第17章 「ことしも、そのままにして置いてください」
- 第18章 道やかきねのあたりから招かれた客
- 第19章 人を赦す方法
- 第20章 愚かな金持ち
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- 第22章 言葉よりは行動
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- 第24章 王の婚宴
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- 第26章 神と人に対する責任
- 第27章 わたしの隣人とはだれのことですか
- 第28章 恵みの報い
- 第29章 花婿を迎える準備
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能力
わたしたちは、心をつくし、思いをつくし、精神をつくして神を愛するだけでなく、力をつくして愛さなければならない。これは身体の能力を十分に知的に活用することである。COL 1322.7
キリストは、霊的なことにおけると同様に、世的なことにおいても、真実の働きをなさって、それがなんであっても、天のみこころを行うという決心をもってなさった。天上のものと地上のものは、多くの者が想像している以上に、密接な関係をもち、また直接にキリストの支配の下にあるものである。地上に最初の幕屋を設ける計画をなさったのは、キリストであった。キリストはまた、ソロモンの神殿の建設の時の設計書をお与えになった。この地上の生涯でナザレの村の大工として働かれたお方は、ご自分の名があがめられるべき神殿を設計なさった、天の建築家であった。COL 1322.8
幕屋の建造にあたった人々に、精巧で美しい手際を示す知恵を与えたのは、キリストであった。主は言われた、「見よ、わたしはユダの部族に属するホルの子なるウリの子ベザレルを名ざして召し、これに神の霊を満たして、知恵と悟りと知識と諸種の工作に長ぜしめ……見よわたしはまたダンの部族に属するアヒサマクの子アホリアブを彼と共ならせ、そしてすべて賢い者の心に知恵を授け、わたしがあなたに命じたものを、ことごとく彼らに造らせるであろう」(出エジプト31:2~6)。COL 1323.1
各方面の神の働き人が、自分たちの所有している一切の物の与え主として、神を仰ぐことを、神は望まれる。すべての正しい発明と改良は、驚くべき計画を立て、すぐれたわざをなさる神から来たものである。医者の巧妙な手の働き、また医者が神経や筋肉を支配する力、あるいは巧妙な体の諸器官に関する知識などは、苦しむ者を救うために用いるように与えられた神の力の知恵である。大工が金づちを用いる巧みさ、かじ屋が金床を鳴らす力などは、神から来る。神は人々にタラントをおゆだねになって、人々が神の指示を仰ぐことを期待される。どの部門のどんな仕事をするにしても、神は、わたしたちが、完全な仕事をすることができるように、わたしたちの思いを支配することを望んでおられる。COL 1323.2
宗教と実業とは、全然別のものではない。それは1つである。聖書の宗教は、わたしたちのすべての行為と言葉のなかに織り込まれなければならない。霊的なことを達成するのと同様に、この世的なことを達成する場合にも、天の力と人間の力とが結合しなければならない。この2つの力は、機械業や、農業、または商業や科学的事業などのあらゆる人間の職業において結合されなければならない。すべてのクリスチャン活動には、協力がなければならない。COL 1323.3
神は、こうした協力が可能になる唯一の原則をお示しになった。それは神の栄光をあらわすことが、神と共に働くすべての者の動機でなければならないということである。わたしたちのすべての働きは、神を愛する心と神のみこころに従う心からなされるべきである。COL 1323.4
神のみ旨を行うことは、礼拝に参列する場合と同様に、家を建てる時にも必要なことである。そして働き人たちが、自分の品性建設を正しい原則に従って行っているならば、彼らは、家を建てるごとに、恵みと知識に成長することができる。COL 1323.5
しかし、どんなに大きなタラント、どんなにはなばなしい奉仕であっても、自己を祭壇にささげて、生きた犠牲として自分を焼きつくさないならば、神は、喜んでお受けにならない。根が清くないならば、神に受け入れられる実は無いのである。COL 1323.6
神は、ダニエルやヨセフを賢明な管理者となさった。彼らは、自分の心を喜ばせるためではなくて、神を喜ばせるために生きたために、神は彼らを用いて、お働きになることができた。COL 1323.7
ダニエルの実例は、わたしたちによい教訓を教えている。それは、実業家は、必ずしも抜け目のない政略的人間でなくてもよいということを示している。ダニエルは、バビロン帝国の総理大臣であったが、同時に神の預言者として、天来の霊感の光に浴していた。世の野心満々たる政治家たちは、草であって、やがて枯れてしまう野の花のようなものであると、聖書に記されている。しかし、神は、そのみ事業の中に賢明な人々を求め、各方面の働き場に有能な人々を求めておられるのである。真理の大原則を、商取引のあらゆる面に織り込む実業家が必要である。そして、彼らのタラントは、徹底的研究と訓練とによって完成されなければならない。賢明で有能な人材になるために、機会を活用すべき人々があるとするならば、それは、この世に神の国を建設するために努力している、その人々でなければならない。ダニエルは、厳密な調査を受けても執務上の欠点や過ちは、何1つなかった。ダニエルは、あらゆる実業に従事する者のよい模範である。ダニエルの生涯は、人間がもし、頭脳、骨、筋肉、心、命の力を神の奉仕にささげるならば、何をすることができるかを示したのである。COL 1323.8