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各時代の大争闘 - Contents
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    ローマ教会との最後的分離

    しかしローマの命令は、影響を及ぼさずにはいなかった。投獄、拷問、剣は、服従を強いる有力な武器であった。弱く迷信的な人々は、法王の教書の前で震えた。概して人々はルターに対して同情的ではあったが、生命を改革事業にかけることはあまりにも惜しいと思う者が多かった。万事は、ルターの事業が、今にも終わろうとすることを示すように思われた。GC 1657.6

    しかしルターは、びくともしなかった。ローマは、彼を破門した。そして世界は、彼が死ぬか、それとも服従を強制されるかするに違いない、と思って見ていた。しかし彼は、恐るベき力をもって、教会に有罪の宣告を投げかえし、永遠に教会と分離する決意を公然と宣言した。ルターは、大勢の学生たちや博士たち、そしてあらゆる階層の一般市民たちの目の前で、法王の教書を、教会法規や教令集、また法王権を支持する文書類とともに焼き捨てた。「わたしの敵たちは、わたしの著書を焼くことによって、一般の人々の心の中での真理の働きを妨げ、彼らの魂を滅ぼそうとした。それだから、わたしも彼らの著書を焼く。重大 な闘いが、今始まったのてある。これまで、わたしはただ法王と遊戯をしていたに過ぎなかった。わたしは、この仕事を神の名によって始めた。それは、わたしがいなくても、神の力によって終了するてあろう。」 31GC 1657.7

    ルターの運動の勢力の弱さをあざけった敵の非難に答えて、ルターは言った。「神の選びと召しがわたしになく、わたしを軽べつしても神ご自身を軽べつすろことになる恐れはないと、いったいだれか知り得ようか。エジプトを去ったモーセは、ただ1大であった。アハブ王の治世において、エリヤは1人であった。イザヤは、エルサレムで1人であった。エゼキエルは、バビロンにおいて1人であった。……神は、大祭司とか、他の偉大な人物を預言者に選ばれなかった。神は、たいてい、身分の低い卑しめられた大を選び、ある時は、飼いアモスをさえ選はれた。各時代において、聖徒たちは、偉大な人々、王、貴族、祭司、賢者などを、命がけで譴責したのである。……わたしは、自分が預言者であるとは言っていない。しかし、彼らは、わたしが1人であり彼らが多数であるというそのことを恐れるべきである。わたしは、自分の側に神の言葉があり、彼らの側にはないことを確信している。」 32GC 1658.1

    とは言うものの、ルターが教会から最終的に分離する決心をするまでには、激しい闘いを経なければならなかった。ちょうどこのころ、彼は次のように書いた。「わたしが子供の時から教えられたことを捨て去ることが、どんなに困難なことであるかを、毎日、いよいよ強く感じろ。たとえ、わたしの側にわたしを支持する聖書があっても、わたしがあえてただ1人立っ生って法王に反対し、彼を反キリストと呼ぶことは、なんとわたしを苦しめたことであろう。わたしの心の悩みは、なんと激しかったことであろう。『お前たけが正しいのか。他のすべての者は間違っているのか。結局間違っているのがおまえ自身で、多くの魂をおまえの誤りに引き入れているとすれば、どうするのか。永遠の罰を受けるのはだれか。』という法王側からたびたび聞かれた質問を、わたしは何度くり返して自問し、心を痛めたことであろう。こうして、わたしは自分自身と闘い、サタンと闘った。そして、ついにキリストが、彼ご自身の誤ることのない言葉で、わたしの心を強め、これらの疑念に勝たせてくださったのである。」 33法王は、ルターが取り消さなければ破門すると脅していたが、それが実行に移された。新しい教書か出され、ルターがローマ教会から分離したことを宣言するとともに、彼が天ののろいを受けたものであると非難した。そして、彼の教義を信じる者はみな、同じ宣告下に置かれるのであった。大いなる闘いは、いよいよ本格的に始業ったGC 1658.2

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