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各時代の大争闘 - Contents
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    二派の対立とカール5世

    ここで、議会の議員の中で、2つの相反する意見が主張された。法王使節と法王側の代表者たちは、改革者の通行券を無視することを再び主張した。「1世紀前のヨハン・フスのように、彼の灰はライン河に投げられるべきである」と彼らは言った。26しかしドイツの諸侯は、彼ら自身法王教徒でルターの宿敵ではあったが、そのような一般の信頼に背く行為に反対し、それは国家の名誉を辱しめる汚点であるとして異議を唱えた。彼らは、フスの死後に起きた不幸なできごとを指して、これと同様の恐ろしい災いを、ドイツおよび年若い皇帝の上に降したくないと言明した。GC 1669.1

    カール自身もその卑劣な提案に答えていった。「たとえ全世界から名誉と信義が追放されても、それらは、諸侯の心の中に隠れ家を見いださなければならない。」27法王側の、ルターを最も憎んでいる敵は、ジギスムントがフスを扱ったように、皇帝がルターを処理するよう、さらに要求した。それは、彼を教会の手中に一任することであった。しかし、フスが公衆の面前で自分の鎖を指し、皇帝の不実を指摘したことを思い起こして、カール5世は、「わたしはジギスムントのように赤面したくない」と言った。28GC 1669.2

    しかし、カールは、ルターが示した真理を故意に拒絶した。「わたしは先祖たちの模範に従うことを堅く決心した」と王は書いた。29。彼は、慣習の道からは1歩も外に出ない決心をし、真理と義の道を歩こうとさえしなかった。彼は、先祖たちが支持したゆえに、残酷で腐敗しているにもかかわらず法王制を支持するのであった。こうして彼は、先祖たちが受けた光よりも進んだ光を受けることを拒み、彼らが行わなかった義務は、何1つすまいとしたのである。GC 1669.3

    今日でも、先祖の習慣や伝統を固守する人が多い。主が彼らに新しい光をお与えになると、彼らは、それが先祖に与えられておらず、彼らがそれを受け入れていなかったという理由で受けることを拒む。われわれは、先祖たちの時代におかれてはいない。したがってわれわれの義務と責任は、彼らと同じではない。自分で真理の言葉を探究せずに、先祖の模範によってわれわれの義務を決定しようとすることは、神に喜ばれない。われわれの責任は、先祖たちの責任よりはいっそう重いのである。GC 1669.4

    われわれは、彼らが受けた光、そして、われわれに遺産として伝えられたものに対して責任がある。そして、われわれは、今神のみ言葉からわれわれの上に輝いている追加的な光に対してもまた責任がある。GC 1669.5

    キリストは、不信仰なユダヤ人について言われた。「もしわたしがきて彼らに語らなかったならば、彼らは罪を犯さないですんだであろう。しかし今となっては、彼らには、その罪について言いのがれる道がない」(ヨハネ15:22)。同じ神の力が、ルターを通して、ドイツの皇帝と諸侯に語ったのである。そして、光が神のみ言葉から輝いた時に、神の霊が、議会内の多くの者に最後の訴えをした。幾世紀の昔、ピラトが誇りと人々の歓心を買うために世界の贖い主に対して心を閉じたように、また戦標したペリクスが「今日はこれで帰るがよい。また、よい機会を得たら、呼び出すことにする」と言ったように、また、高慢なアグリッパが「おまえは少し説いただけで、わたしをクリスチャンにしようとしている」と言いながら、天からのメッセージを退けたように、そのようにカール5世は、この世的な誇りと政策に屈して、真理の光を拒否することになったのである(使徒行伝24:25、26:28)。GC 1669.6

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